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支社長初場所物語

 

 

 

第1話 副社長の一言に翻弄されて

 

本社部門の経験が長い森さんが、副社長から「今度支社長になるよ、がんばってな、確定ではないが多分九州の方の支社だと思うよ」と内々に語られたのは3月の声を聞くころでした。

 

会社では初陣の支社長が行く支社というのがいくつかあります。森さんの所属する会社でも10支社くらいがその対象です。

 

自分が初めてで九州となれば該当する支社は2ヵ所でした。森さんは嬉しさとともに想定されるM支社のことに思いを馳せました。広い県なのに確か実働は少なかったな。結果、契約高も小さく、全国の支社順位でも下からラスト10にあるような支社だったな……。

 

最初の感動から落ち着いてくると、県庁所在地のほかに県の北に有力な企業城下町があったな、友人知人はいたかな、などと色んな発想が出てきました。

 

もちろん内示前ですが、家族にも「今度の異動で支社長みたいだよ、多分M支社だと思う」と話をしていました。家族も久しぶりに森さんのにこやかな顔を見たのではないでしょうか。

 

ところが、内示日の数日前に副社長に今の仕事の稟議書を持って行った際に「支社長にはなるけど場所が変わるかもしれない」といわれました。

 

ということは、いろいろと自分なりに構築したり、M支社の過去の数字を見たりしたことが無駄になるかもしれない。支社長になるのは嬉しいけれど、ここだと思っていたのが肩透かしを喰ったような、むずがゆいまま内示の日を迎えることになりました。

 

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第2話 予想外の支社に赴任

 

内示の日がやってきました。森さんは予告どおり支社長を拝命しました。担当する支社は九州のM支社ではなく首都圏近郊の実働350名のX支社です。全く予想さえしない支社でした。

 

確かに初陣の支社長が行く支社でもありますが、森さんのように拠点長や支社営業スタッフとしての経験が少ない人が着任することはあまりない支社です。入社したときに配属された支社の近くにある、ということだけがイメージとして持てるくらいでした。

 

入社の時といっても20年以上前です。何より今までの準備が反故になってしまいます。

 

現職の引継ぎや挨拶回り、引越しの準備、などなど時間はあっという間に過ぎていきました。前任の支社長は同期入社のB君でしたので、引継ぎは形式的ではなく、ある程度本音を聞きながら進めることができました。

曰く─、

「なかなか大変な支社ですよ」

「何とかしようとがんばったつもりですが」

「お上がちょっとうるさくてね」

「森君なら大丈夫ですよ」

森さんが感じたことは、前任支社長が改革しようとしたことが果たせず、しかも言い訳にはできないが、社内圧力を跳ね返すことができなかった悔しさのようなものでした。

支社長というブランドよりも「覚悟」という言葉を強く感じた引継ぎになってしまいました。

 

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第3話 支社のための、見せかけの数字なら不要

 

森支社長の初出社の日は緊張のうちに過ぎていきました。朝一番でスタッフと顔をあわせ、同時に着任してきた拠点長と挨拶もそこそこに、彼は自分の拠点に出て行きます。始業の時間がくると事務の朝礼です。

 

「今日から皆さんと一緒に仕事をすることになりました。何も判りませんのでよろしくお願いします。自分の仕事を正しく確実にやってください」

 

という意味のことをしゃべりますが、みなの目線は〈今度はどんな支社長かしら……〉という感じです。

 

感慨にふけるまもなく、用意された支社の車にのって16ある拠点に挨拶訪問です。最初の拠点では朝礼に間に合い、出勤していた全員と顔をあわせましたが、2つ目では出かけた人もいて、3つ目からは拠点長と事務員さんだけの挨拶もありました。

 

ある拠点で拠点長がグラフを見ながら「支社長、この子は今月で辞めるのですが、成績出して辞めますので」といいます。

 

森さんは思わず「そうですか、契約は続くのですか? いや拠点長のあなたの判断を尊重しますが、リーダーの査定に必要とかいろいろ事情はあるでしょうから」

 

「いや支社長、拠点の実働も減りますし、支社の実働もありますから……」

 

「支社の見かけの実働を心配されるなら、そんな実働は要りませんよ、継続しない契約もいりません」「本当ですか?」

 

「ええいいですよ」

 

森さんは普通に会話をしていたつもりでしたが、この会話は森さんの支社運営の最初の舵取りになってしまいました。

 

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第4話 「話のポイントは多くて3つ」を実践

 

夕方には支社の重要取引先の企業に挨拶です。森さんは企業訪問については少しだけ自信がありました。

 

過去に財務部門で中小企業に出かけていくことが結構ありましたので、昔取った杵柄ではないですが、個人保険の募集には自信がなくても企業の社長さんと仲良くすることは、結果的には拠点長や営業職員が働きやすくなるだろう、という確信がありました。まずは表敬訪問です。

 

夜には、スタッフ、拠点長を集めての歓迎会です。皆、支社長がどんな人物か知りたがっていますが、素面ではなかなか聞きづらいこともお酒が入れば潤滑油になります。勿論アルコールが苦手だったり、斜に構えている人もいます。

 

森さんが、支社長として着任するに当たり心に決めていたことはいくつかありますが「全員に好かれる、などということはありえない、51%以上の人に理解してもらえば良い」というのがあります。

 

酒を酌み交わしながらその言葉を思い出していました。その週はあっという間に過ぎていきます。拠点長を集めた会議が開かれました。最初の重要な「施政方針演説」です。支社長として仕事の仕方、取り組み方を判りやすく伝えなければなりません。支社長としての経験がありませんのでえらそうな物言いは危険です。抽象的な言い方もだめです。

 

この会社に入って得た「話のポイントは多くて3つ」を実践しました。1)中身のある仕事 2)皆さんが働きやすいように努力する 3)明るく、楽しく仕事をしよう。

 

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第5話 なぜ、リーダー会議の欠席者が多いのか

 

拠点長会議が済むとリーダー会議です。さらに判りやすく支社長としての方針を伝えなければなりません。みな、緊張の面持ちです。

 

最初に気がついたのは欠席者が多いな、ということでした。成果発表を行いますが「代読します」と言う声が多いのです。その欠席者もいくつかの拠点に偏っています。

 

森さんはこれかと思い当たることがありました。本社の中で転任の挨拶回りをしているとき検査部の先輩から一言言われたのです「森君、あそこは最悪だぞ、覚悟していけよ、頼むぞ」ずいぶんな激励だな、と思ったのですが、リーダーの集まりからしてこうなんだから押して知るべきだな、しかし、ここで暗い顔や、強圧的な態度は避けるべきと思いました。

 

そういう人もいるだろうが、そうでない人も多くいるはずだ。最初は笑いを取ることからはじめました。名前で笑いを取り、これまでの仕事の紹介をしながら失敗を出して笑いを取る。お笑いだけの人と思われてはいけないのでポイントは抑えます。

 

森さんの場合は、反社会的人物との折衝を経験していましたので警察にも知人がいてその辺りのエッセンスを面白おかしく入れて話しました。概ね最初のリーダー会議はうまく終えました。

 

終了後スタッフに、何故欠席者が多いのか、どうして代読を認めるのか、問題点は何か、聞き取ることにしました。「最悪」の中身を早く知り、自分の目で確認することが重要だと思ったからです。

 

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第6話 最初の支社長があなただったら…

 

過去のこの支社の歴史を振り返ると、

 

1)いくつかの支社が再編・合併してできた支社であること

 

2)営業のやり方が個人の家庭を中心に回ってる人と企業基盤を中心に回っている人にかなり色濃く分けられること、が判りました。

 

また過去の支社経営で「非常に厳しく運営された時期」と「反動的にただ陣容の拡大だけで販売量を増やしてきた時期」が交錯していました。

 

森さんが着任した頃は拡大路線の跡を引いて陣容が痛んでいる時期でした。特に特定の機関ではヤンキー姉ちゃんの親玉を採用、その一族がはびこり、月に一回出勤し(機関長は出勤簿を作成するというとんでもない仕事)、不良契約を出していくという、今では考えられないような状況の最後(出勤も成果も出ずボロボロやめていく)の段階でした。

 

先の機関長会議で出席状況が悪かったり代行発表が多かったのはこの機関でした。

 

森さんがとった手段はある意味で簡単でした。その機関の数字を問わない。不良社員の査定上の存続申請を出さない。新規に一族採用を認めない。それだけで働かない社員は整理できます。

 

最後は「親分」との面接です。話は約一時間でした。さすがにはねっかえりの集団を束ねるだけあってある意味ではオーラがあります。

 

彼女が最後に言った言葉が今も森さんの耳に残っています。「最初に入社したときに支社長だったら良かったです……」そう言って彼女は自主的に退職しました。

 

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第7話 支社経営の信念を通してのマイナス

 

森さんが着任してからあっという間に3ヵ月が過ぎていきました。森さんにとっては正しい政策で取り組み、拠点長や営業職員、スタッフ以下事務職員にも無理強いの仕事はさせていません。しかし残念ながら毎月の業績は前年同月比マイナスが続いていました。

 

本社の販売担当役員からも電話がかかってきました。森さんは機先を制して「ご心配をおかけして申し訳ありません」と切り出しました。担当役員は嫌味たっぷりの口調で「おう、心配しとるよ」と切り替えします。

 

森さんはご指導のお言葉を聴きながら、それでも何か自分に足りないヒントを探していました。確かに得るものはあります。その最大のものは人の動かし方です。

 

人をいかに動かすかは支社長にとって重要なファクターです。本社役員から先輩支社長、同僚まで参考になるアドバイスをくれます。

 

しかしなかなか自分のものとして消化し体現化できるものはありません。新入社員の頃「人を動かす」というベストセラーを読まされたことまで思い出してしまいました。

 

人を動かすことに関して、この頃の森さんの頭にあったのは司馬遼太郎の「項羽と劉邦」です。その後森さんが支社長職を3場所続ける中で常に意識してきたエピソードがあります。

 

随分昔に読んだその本のエピソードを天啓のように思い出したのですが、後々読書が人生のプラスになる一つの例だと拠点長やスタッフに語ることになります。

 

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第8話 拠点長の優れた点を探し出す

 

項羽との戦いに明け暮れる戦陣で、劉邦旗下の将軍たちがどれだけの軍を動かせるか自慢話をしています。

 

そこで劉邦が「自分はどれほどの軍を動かせるか」と聞くと「大将は30万くらいだな」と有力な将軍が答えます。

 

そこで劉邦が「お前はどのくらいだ」と問うと、くだんの将軍は「私は100万の軍を動かせます」と答えます。

 

ムッとした劉邦に「大将は100万の軍を動かす将軍を動かせることができるから、それでいいのです」と続けます。

 

着任してから現場の拠点長を見ている中で、森さんが得たのはこの点でした。この業界ではいわゆる「軍隊用語」が頻繁に使われ、ある種の嫌悪感を持っていた森さんですが、どこにも学ぶ点があることに気がつきました。

 

傘下の拠点長を1人ひとりきっちりと評価し、正しい方向に持っていくためにはその拠点長の優れた点をどれだけ探し出せるか、ということに気づいたのです。

 

そうして支社の現状をもう一度見てみると、確かに前年同月比マイナスではありますが、実働数が減ったほどには業績がへこんでいる訳ではありません。

毎月事務職員が頭を抱えていた特認作業も無くなり、成立などの事務効率も若干ですが改善されつつあるようです。

 

採用の人数は減りましたが、活気がなくなったわけではありません。何かが少しずつ変化し始めたようです。

 

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第9話 社内融和の一工夫を提案

 

森さんの所に支社の親睦会の担当者がやってきました。親睦会には拠点長、スタッフ、事務職員が入っていて年に2回ほど懇親会を開き、親睦旅行も実施しています。支社長は親睦会の会長でもあります。

 

しかしやってきた親睦委員の顔色はあまりよくありません。懇親会の開催について説明に来たのですが、いかにもやらされているという感じです。

 

森さんは「何か問題でもあるのか?」と聞かざるを得ませんでした。着任して3ヵ月もたつと森さんの人柄は事務職員にもある程度伝わって、特に支社長と接触の多い職員はある程度気軽に話ができる人だという認識ができつつありました。

 

1人の職員が「支社長、親睦委員は大変なんです。親睦会を開くときは全員参加で、日程を合わせるのが大変ですし、誰がどこの席に座るかというのがこれまた大変なんです」。森さんは面白い話を聞いたという風に「おまけに支社長の話が長くて近くに誰も座りたがらないんだろ」というと、その場に笑みが出ました。

 

そこで森さんが決めたことは在任中続けられ、親睦会の回数が増えるほどになりました。

 

「こうしよう。親睦会に出られない人、出たくない人は欠席でかまわない」

 

「着席場所は男女別々に数字のくじを引き、テーブルに置いてある番号のところに座る。もちろん支社長もくじを引く」

 

「挨拶は親睦委員がする、送別会など特別なとき以外はね、親睦会であって支社長のための会ではないからね」

 

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第10話 無意味な会議を行動で改革

 

支社内のスタッフとの打合せは週一回のペースで行われます。週末の金曜日の朝一番か夕方、または週初めの月曜の朝に行うのが一般的です。

 

これ以外にも「業務会議」として運営会議を行いますから、最初のうちは随分会議(打合せ)が多い仕事だな、という印象を持ちました。

 

森さんは本社勤務が長かったので、会議が多いのは慣れていましたが、何のための会議なのか考え直すようになりました。

 

支社の場合は、最終決断は支社長がしなければなりません。スタッフや機関長の話を聞いたり態度をみていると、上手くいったことは支社長のおかげであり、まずい結果は部下の責任になるんでしょう? という風に見られていることが判ってきました。

 

そういえば本社でも、表立って上司に意見を言う会議はあまりありません。意見を言う役柄を心得てパフォーマンスを行う輩はいます。それをまた可愛い奴と思う上司もいるわけです。戦国時代の崩壊していく武家国家と同じです。

 

改めて、組織の怖さを認識したというべきでしょう。部下のスタッフや機関長、事務職員、大半の営業職員までが、支社長の言動と身の処し方を見ながら自分たちの言動を無意識にコントロールしているのです。

 

むべなるかな。森さんはこれを一気に解決しようとは思いませんでした。

この問題は言葉や理屈で説得するより、何より自分の言葉、自分の行動で示すしかないと考えました。

 

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第11話 什器の役割変えたら、雰囲気も変わる

 

最初に実行したのは支社長室の応接セットを食堂にあった大きめの机とパイプ椅子に変えたことです。これで簡単な打合せを開くことができます。

 

それまでは森さんや総務部長、年長のスタッフが革張りの椅子に座り、他の職員は事務所から椅子を運んできて実施していましたが、これで目線が同じ高さになりました。もうひとつの効用は女性の多い営業職員が腰の低い応接セットに座るときに苦労していたのが、きちんと事務机に座りビジネスライクに話ができるようになったことです。

 

お払い箱になった応接セットが事務所に移って機関長やスタッフ、事務の雑談場所としてコミュニケーションの場になったのも副次効果でした。

 

愛煙家の森さんがやった次の手は、会議中を禁煙にしたことです。タバコを喫う人も多いのですが、まったく喫わない人もいます。

 

女性の機関長からは大声ではありませんが禁煙を望む声も出ていました。健康増進法や職場内分煙が新聞等に少しずつ紙面を大きくしていた時でした。

 

愛煙家の自分が言わなければだめだと感じたときに実行に移しました。会議中は喫わない。喫いたい人は隣の部屋に灰皿を用意しているので隣に行って喫おう。休憩時間もとる、といった具合です。こういう支社長の特権は有効に機能しました。

 

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第12話 仕事に対するモラル高くも、本社に反抗的

 

機関長や営業職員、あるいは支社事務のメンバーとコミュニケーションが滑らかに進むようになった頃には、森さんが着任してから1年が過ぎ去っていました。

 

あっというまの一年です。業績のほうは目覚しい動きとはいえませんが、支社全体の雰囲気は様変わりになりつつありました。

 

年に一度は本社人事部から担当者がやってきて機関長や事務職員との個別面接が実施されます。最終日には人事の担当者から支社長に対して総合的指導があります。

 

森さんは面接が始まる頃から事務職に、「おい、頼むから俺の悪口は言わないでくれよ」と冗談を言うくらいでしたので大して気にもしなかったのですが、初めてのことでしたので一抹の不安もありました。

 

「支社長、感心しました。こんなに仕事に対してモラルの高い支社は初めてです」人事の担当者の最初の言葉は森さんの予想を超えたものでした。

その後のコメントには森さんも些か驚きましたが、実を言うと嬉しくもありました。

「しかし、ほとんど全員が本社のやることに批判的、反抗的ですね。」担当者は笑いながらでしたが、森さんは苦笑いです。

しかし、支社の数字に動きが出てきたのはこのころからです。しっかりした実働と成果、効率的な事務、森さんが言い続けてきたパーヘッド、個人能率は着任時の全国最下位レベルから毎月ベスト10に顔を出す常連支社になってきました。

 

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第13話 テクニックでは変わらない支社経営

 

年経って前年実績を超える数字が出てきたことは、森さんにとって嬉しいことではありましたが、初年度の数字を落として翌年度に数字を挙げるというのはベテランの支社長がよく遣うテクニックです。口の悪い連中は陰口をたたいたりしているのが聞こえてきます。

 

森さんは敢えてそのことにコメントしませんでした。彼の頭の中ではテクニックでは支社はいつまで経っても変わらない。増えて減っての繰り返し、という思いがあったのです。この支社だけは変革進化できる、その思いだけは忘れないでやっていこう、と心を新たに取り組んでいました。

 

森さんが新入社員だった頃可愛がってくれた2人の先輩機関長がいました。この2人はその後支社長職を5、6場所勤めるほどの名物支社長になられたのですが、2人の性格はまったく違っていました。

 

1人は清濁併せ呑むタイプでしたが、仕事の成果は基盤から、という哲学を常に実践されていました。もう1人は支社の誰にでも大きな声で挨拶をする、その人がいるだけで場が明るくなる、そういう支社長を続けられました。

 

この2人から時々電話をもらいながら、自分を信じて仕事を進めることを教えられた森さんは、迷うことが無くなり、支社の一体感はさらに強まっていきました。

 

初場所の支社長として素人扱いされていたことなど、当の森さん以外は皆忘れてしまったようです。

 

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第14話 最優秀支社を取って喜んでくれたのは

 

着任当時拠点を周っていて、「在籍だけの人は要らない、継続しない契約は必要ない」と言って「本当にいいんですか?」と確認されたことが、今では支社の中では当たり前のこととして定着をしてきました。

 

もちろん何度言い聞かせても理解してくれない拠点長もいます。しかし森さんの考えを理解し、苦闘しながらも実績を積み重ねる拠点長が一人増え二人増えて来ると支社の「姿」は仕事に対する誇りと自信に満ちてくるようになりました。

 

着任当時一人当たりの生産性が全国最低だったのが、今では常にベスト10に顔を出す支社になっていました。事務効率でも「最悪」のブランドを返上、翌年(3年目)には継続率優秀支社となるのも見えてきました。

 

そんな2年目の夏、全国の支社の対抗戦で「最優秀支社」を勝ち取ることになりました。本社表彰式で、副社長から「おめでとう、俺も10年以上支社長をやってきたが、最優秀は獲ったことが無いぞ」といわれ、社長は周りの役員に「俺が彼を支社長にしたんだ」と喧伝しています。

 

森さんはともに歩いてきた支社の皆を思うと素直にほめ言葉を聞くことができませんでした。

 

帰社した森さんを迎える言葉が最高のほめ言葉になりました。販売Gの女性職員が涙目で「支社長、私本当にうれしいです。私、入社してこの支社に配属された日に先輩から言われたんです。この支社は全国最低の支社だからね、と」

 

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第15話 お蔵入りにした支社運営ビデオ

 

本社の教育部から電話が架かってきました。森さんの支社運営が軌道にのってきた頃からちょくちょく顔を出していた教育部の若手職員です。

 

「支社長、支社の運営についてビデオを作製したいのですが取材をさせてもらえませんか?」

 

「全国に教材として配布したいのです」

 

「営業職員の生産性、事務効率の向上」

 

「支社での教育体制」

 

「営業基盤への取組み」

 

「支社長の考え方が反映されていると思うのです」

 

森さんは決して悪い気はしませんでしたが、果たして自分のやってきたことが会社の方針に合致したことであるのかは疑問でした。

 

シナリオを見たときに森さんが出した注文は、できるだけ拠点長、営業職員、事務スタッフを多く取り上げてくれ、ということでした。しかし支社長自身のインタビューも避けることはできません。

 

拠点長、営業職員も協力してくれたのですが、撮影が進むにつれて森さんには違和感が生じてきました。

 

<これは何のための教材なのか?> 全国には幾多のベテラン支社長がいます。今さら、新人支社長がたまたま成功した例を参考にはしないのではないか?

 

森さんは「PRビデオみたいに作っても意味は無い」と担当者に率直に話をしました。完成したビデオは「良くできた作品」でしたが「教材」としては森さんの予想通りお蔵入りになってしまいました。

 

作品コピー20本が届いたのは、森さんが2場所目の支社で更に効率的な支社作りを始めていた時でした。

 

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